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2006-07-02 (Sun)
赤い長靴 赤い長靴
江國 香織 (2005/01/15)
文藝春秋
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▼2人なのに一人ぼっち、ただふわふわと漂っている。
 寄る辺もなくー。
 
 結婚して10年、幸福と呼びたいくらいな愉快さと
 うすら寒いかなしみ、安心でさびしく、所在なく・・・。
 日々たゆたう心の動きをとらえた怖いくらいに美しい、
 連作短編小説集。(本書帯より)

ネタバレ注意報 くもり時々雨?(笑)




結婚して10年目になる40代間近の夫婦の物語。
主人公は奥様である日和子であるが、短編集なので章によっては
夫、 逍三の目線で語られるところもあった。
ただそれでも夫のこころ?は見えないままでしたが(^-^;

つかみどころのないこの夫は読んでて正直イライラしました。
私の身近にこんな人いたらーたぶんダメだろうなあと思う。
ただ一方で特別嫌なタイプでもないのだと思う。
じゃあ細かいこと言う人がいい? しゃべってばかりの人がいい?
喜怒哀楽が激しい人がいい? 極端な例かもしれないけど。
とりあえずーずっと一緒にいるならばこの夫のような人が
本当はいいのかもしれない。ときめきはないけど安心だから。

安心といっても我慢できないほどの我慢をしなくて大丈夫そう、
という程度の安心って意味だけど・・・
好き?愛してる?という点で見ると安心という言葉に?がつきそう。
やっぱりある程度の言葉は人と人には必要だものだから。
心の中ほどブラックホールってないと思うから。
相手の心の本当の部分は結局のところ、言葉からしか推測できない。
だから言葉が少ない人は・・・相手によってはダメな場合も多い。

実際のところ、どこかにいるような夫婦の形だと思う。
姑さんとのやりとりも、ちょっとしたことに気になってしまうのも
この関係では避けられない現実があるのだと思う。
普通にお友達、知り合い程度の他人ならそんな風にならないのに
夫婦って、嫁姑って・・・考えようによってはミステリアス?
不思議な感じがする。

日和子は本書の中で孤独、一人ぼっち、先の見えない不安・・・
そういう言葉を何度となく繰り返しているような気がするけど
それが結婚であり、日常であるような気もした。

夫 逍三のことは好きになれなかったけど、
日和子はいろいろ不満を言ってるのに?なぜか魅力を感じてしまう。
出会ってみたいな、そう感じた女性像だった。
きっとどこかにいるような・・・気もした。

今更ながらタイトル『赤い長靴』のことを考えてみた。
おそらくクリスマス時期に売り出されるサンタクロースの赤い長靴型の
お菓子つめあわせたもののことだろう。
夫は毎年それを日和子におみやげと言って買ってくる。
そして日和子にはそれは迷惑だと感じてる。
迷惑と感じてて、やめて、と言ってるのに・・・
夫は今でもそれを買ってきて、日和子は食べないのに捨てられない。
・・・それが彼ら夫婦像を描き出したもの・・・のような気がしました。
考えようによってはかなりこわい?感覚ですが(^-^;

江國さんの小説は特別なことは何もかかれてないのに
ああ、あるな、そういう感覚、気持ち、
ああ、あるな、そういうできごと、
・・・でも日常の中の不思議さをステキに描きだされてると思う。
それが江國ワールドの魅力・・・でしょうか。

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